3月1日(日)、高等学校卒業証書授与式を実施しました。6年間通い続けた青翔から旅立つこの日は、春を感じられる涼しく心地よい陽気で、まさに晴れの日となりました。体育館後方に座られた保護者様方の見守る中、担任の先生を先頭に、堂々と感慨深く卒業生が入場し、自分の席に着きました。開式の辞、国歌・校歌斉唱の後、いよいよ卒業証書授与が始まりました。担任の先生に名前を呼ばれ、校長先生の待つ舞台にひとりずつ上がり、噛みしめながら大切に証書を受け取っていました。
学校長からの式辞では「2月にイタリア・ミラノとコルティナ・ダンペッツォで、第25回冬期オリンピックが開催されました。印象的だったのは、メダリストたちの言葉です。スノーボードの村瀬心椛選手は女子ビッグエアで金メダルに輝いた際、「4年前の銅メダルの悔しさを糧に、本気で色を変えるためにやってきた」と語りました。その一方で、前大会で10位だったスロープスタイルで銅メダルを手にした時は「自分の滑りが表現できた」と『銅メダルを獲得できた』ことを喜びました。ここから私たちが学ぶべきことは、価値の尺度は決して『他者が決める順位』だけではないということです。本当の達成感とは、積み上げてきた努力、その歳月をその瞬間に『発揮しきれた』という自負、そして自分自身を『認められた』という確信から生まれるものです。皆さんの6年間も、まさに『自分を認めるための地力を蓄える時間』でありました。もちろん、コンクールや学会での受賞という目に見える形でも現れていますが、私が本当に誇りに思うのは、清々しい挨拶や発表会での堂々とした受け答え、そして他者の意見を尊重しながら最適解を見いだそうとする『青翔マインド』が立ち居振る舞いに『資質』として根付いていることです。他者と関わり、壁にぶつかったとき、青翔で培った『考え抜く力』と『対話する力』があることに気づくでしょう。その誇りを胸に、自身を持って羽ばたいてください。」とお話がありました。
育友会長様からの祝辞では「JAXAの研究員として宇宙飛行士のメンタルサポートをしてきた精神科医の方は、面接の最後に必ず「桃太郎と浦島太郎、どちらが好きですか」と質問され、そして宇宙飛行士に選ばれた方は皆、浦島太郎が好きだと答えたそうです。これはあくまで好きか嫌いかを聞いただけで、桃太郎を選んだら不正解ということではありません。なぜ、宇宙飛行士に選ばれた方々は浦島太郎の方が好きなのでしょう。はっきりとはわかっていませんが、桃太郎は問題を解決するお話なのに対して、浦島太郎はよくわからない想定外なことや理不尽なことが起こります。それを面白がれる『心の余裕』が、面接の明暗をわけたのかもしれません。最近はタイパやコスパを重視し、桃太郎型の問題解決を過剰に求められがちですが、人生の中で解決しづらい問題にも直面します。そんな不安な時でも、たった1つでも自分にできることを見つけ、つらくても「今は浦島太郎、そのうちなんとかなる」と状況を面白がる心の余裕を忘れないでください。本日は、本当におめでとうございます。」とお話がありました。
在校生代表からの送辞では「青翔中学校・高等学校の7期生として正門をくぐられてから、早くも6年の歳月が過ぎようとしています。青翔で積み重ねてこられた数々の経験や思い出が、まさに今、鮮やかな記憶としてよみがえっているのではないでしょうか。体育大会では、一丸となって取り組むことの大切さを、確かな団結力として示されました。青翔祭では、努力の成果を存分に発揮し、全力で行事を楽しむ姿が強く心に残っています。球技大会では、大きな声と躍動感溢れるプレーで、仲間と共に挑戦することの喜びを、改めて感じさせてくれました。探究科学研究発表会やサイエンスフェアでは、大学の先生や研究者の方々に対しても積極的に質問し、自らの可能性を広げられました。口頭発表やポスター発表では、6年間かけて培ってきた探究活動の成果を存分に発揮されていました。その光景を通して、主体性と探究心の強さ、周囲への細やかな配慮が、まるで澄み渡る空のように感じられました。常に前を歩み、私たちの道標となってくださったおかげで、私たちは迷わず今日まで歩んでくることができました。おひとり、おひとりが自分らしく輝きながら、大きな青空へと飛翔されますことを、心よりお祈り申し上げます。」と言葉が贈られました。
卒業生代表からの答辞では「6年前の桜の綺麗な春の日、私たちは青翔中学校の第7期生として入学しました。真新しい制服、そして『マスク』を身に付け、不安でいっぱいのまま校門をくぐったあの頃が懐かしく思い出されます。入学直前に猛威を振るい始めた新型コロナウイルスは、学校へ向かう『夢への第一歩』すら許さず、課題をゆうパックで提出し、体育の先生の筋トレ動画を見る毎日。入学前に思い描いていた青春は、「不要不急」の4文字に淘汰されていきました。中学3年生になった年、ようやく通常規模での青翔祭や体育大会が開催されました。修学旅行ではバスの時間が迫る中、金箔ソフトクリームをおなかに流し込んだり、帰りのバスでは喧嘩が勃発したり、何気ない一瞬は青春を彩る確かな思い出です。高校2年生の北海道研修旅行ではユニークな自転車で牧場内を笑い合いながら駆け抜けたり、川でのリフティング体験で絶叫したり、また宿泊時には、普段できない話やお菓子パーティをして、一生心に残る思い出となりました。また2月の探究科学研究発表会で一年の成果を発表した時の緊張感、そして高揚感は青翔だからこそ味わえた経験でした。そんな賑やかな日々も瞬く間に時を重ね、青翔で過ごす最後の年になりました。最後の青翔祭の日、涙が止まらなくなりました。仲間たちと駆け抜けてきた青春がこれで終わるという事実に、どうしようもなく寂しくなりました。そんな日々を過ごせたのは、どんなことも全力で楽しむ友達に恵まれたおかげです。家族のように仲の良いみんなと別れの時を迎えるのは、かなり寂しいです。いつまでも何気ない会話で笑っていたいと思えるような関係でいてくれて、本当にありがとう。」と感謝の言葉が綴られました。
最後に、卒業生のみんなで決めた式歌を全員で歌いました。とても優しく大切に、力強く歌おうという気持ちの込められた、最高の斉唱でした。
そして、「卒業生、退場」のかけ声とともに、在校生や保護者様方、また先生や来賓の方々からの大きな拍手に包まれながら、輝ける未来へと歩き始めました。泣いていたり、笑顔であったり、堂々としていたり、晴れやかであったり。ひとりひとり、青翔で過ごした思い出を胸に宿しながら羽ばたいていきました。
卒業生のみんな、本当におめでとう。6年間、本当にありがとう。