4月23日(木)、中学1年生を対象に御所まちフィールドワーク事前学習を実施しました。御所市観光協会から三井秀樹様をお招きして、土曜日に御所まちを散策する前に知っておきたい特徴や成り立ち、その歴史などについて教えていただきました。とても丁寧に細かく教えていただいたので、フィールドワークも大変実のあるものとなることでしょう。
お越しいただきました三井秀樹様、この度は本当にありがとうございました。
・三井秀樹様のお話の抜粋
鴨都波神社にもその名を残す加茂族が住み始めたことで農業のエリアとなった御所は、昔は田んぼしかありませんでした。西暦1600年ごろに御所まちは開かれ、1600年代後半には大阪城周辺のインフラを参考に整備され、今も残るまち並みが完成しました。
特徴的なのは『遠見遮断』や『背割下水』です。遠見遮断は、まちに入ろうとするよそ者がひと目では中の様子を確認できなくするために、意図的に曲がりくねらせた入口のことです。現在の御所まちでも確認することができる、大変興味深い歴史的遺構です。背割下水は、民家の背と背に挟まれたところに作られた下水道のことです。こちらも現存しており、看板での案内もあるため、御所まちの散策時にもしっかり確認できます。
家屋も昔からの姿を保っており、中には300年以上も前に建てられたものが残っており、その家は県の指定文化財に指定されています。そういった建物には虫籠窓(むしこまど)やうだつ、煙だしや格子窓など、様々な工夫がなされており、それらに注目しながら古い町並みを観察するのも面白いです。中でもうだつは、隣家からの延焼を防ぐ重要なもので、防火壁としての役割がありました。
御所といえば、『ごしょがき』も有名です。元々日本には甘柿と呼ばれる柿はあらず、御所で突然変異種として生まれたのが始まりでした。昔は『ごせがき』と呼ばれており、羊かんのような少し粘り気のある食感や上品な甘さがあり、幕府や宮内庁にも献上されていました。『柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺』を詠んだときに正岡子規が食べていたのも、このごしょがきでした。
また諸説ありますが、『柿の葉すし』も御所まちが発祥と言われています。江戸時代にお伊勢講などで伊勢神宮にお参りすることが何度も流行になりました。その通り道として御所まちを訪れた方を家に泊めたり、また路銀や弁当を渡し、大変もてなしたといいます。御所まちを旅立つときに渡した、保存の利くように塩漬けの魚を使い、柿の葉に包んだお寿司が柿の葉すしとして広まったそうです。またそういった文化の名残として、お伊勢さんの出張所とも言える太神宮が御所まちにあります。
そんな御所まちですが、20年くらい前まではあまり意識されていませんでした。けれど、その歴史的価値が少しずつ周知され始め、8年前に市長から「御所まちの活気を取り戻そう、そのためには何をしてもいいから好きなようにやってみてくれ」と言われました。(三井様が)小さいとき、御所まちは賑やかでした。それが何故だったかを考えていると、銭湯がとても重要だったと気づきました。夜遅くに2時間くらい遊んでいても銭湯なら親も怒らなかったし、近所のおじいちゃんもお客さんとしてくるのでおしゃべりや、親や友達には中々できない相談もしていました。そんな地域のコミュニティの場としても大切で7軒くらいあった銭湯が、なんと1軒も残らず無くなってしまいました。
ですが、ここから奇跡が連鎖します。よく通っていた『宝湯』のその時の持ち主が、歳がひとつ上の先輩夫婦だと判明します。「まちづくりのために自由に使ってくれ!」と宝湯を託してもらい、けれどもこの銭湯をどうやって活かそうと考えていた矢先に続けて良い知らせが届きました。丹波篠山の事業者から、御所まちに古民家ホテルを作りませんかとお話をいただき、これは渡りに舟だと「まちに残っている銭湯も是非とも使ってください」とお願いしました。
御所まちを活気づけていく中で、心に留めていたことがあります。それは『関わる全てのひとに小さなWINを』ということです。例えば、銭湯を復活させたらどんな風に御所に良いことがあるだろうと考えると、今までひとりで湯を沸かして風呂に入っていたことの危なさが解消でき、銭湯に行けば友達にも会え、安否確認にもなり、とてもメリットがありました。また御所市には森林が多く、安全のためにも間伐が必要でした。そのため、銭湯の湯を沸かすための薪として利用すれば効率がいいと思いつきました。
こうして、銭湯を中心とした分散型ホテルとして御所まちを発展させる『GOSE SENTO HOTEL』プロジェクトが始動しました。元々自転車屋さんだった古民家がホテルとして営業したり、元たばこ屋さんが洋食屋さんになったり、また道路もとても綺麗に美装化され、伝統的で風情ある町並みを活かしつつさらに魅力的なまちへと変わっていきました。2022年10月から2025年9月までの3年間での調査では、宿泊施設利用者は3,233人、レストラン利用者は8,829人、そしてなんと銭湯利用者は108,115人と、とても沢山の人が訪れる場所になりました。